先日書店で
「文系・大卒・30歳以上」がクビになる―大失業時代を生き抜く発想法 (新潮新書)
という本を見つけました。おそらくキャッチーな文言を入れて、手にとってもらおうという意図の本だと思います。(私が手にとって立ち読みしたように・・・立ち読みですみません)
AMAZONのコメントにもあるように、買わなくてもぱらぱら読めばだいたいは理解できます。
要するに、事務系の職種についている方は、「そういう事態」も想定しておいた方がよい、ということが言いたいようで、その覚悟が「発想法」ということのようです。(クビになったらどう生きるべきか、ということはあまり書いていないようなので)
終身雇用制はもたないであろう、という世の中の流れについてはみなさん認識していることと思われますが、自分は大丈夫、と思ってしまいがちです。
そこに、「クビになる」ときました。
別に20代、理系がターゲットでない、ということを言っているわけではない、ということはみなさんご認識されておられることでしょう。
要するに市場が縮小したため、コストを下げる必要があるが、他のコストは削減しつくしており、今までの人件費をかかえていられなくなった、ということであり。
何かミスをしたとか働きぶりが悪いとかいったこととは関係なく削減が行われる場合がある、ということであり。
また、人件費削減には、人数を減らす方法と単価を減らす方法があり。
人数を減らす方法には、新規採用をとめて純減を待つ方法や、希望退職を募り目標人数まで減らす方法などがあり。
単価を減らす方法は、階層別で一律減らす・上位層(役員・管理職クラス)を減らす・下位層を減らす(これは一人当たりの削減幅が少ないこと、いい人材が入ってこなくなることからあまり効果がないと思われる)といった方法などがありますが。
どれもそのあとの影響を考えると慎重に進めざるをえない方法ではあります。
著者の主張としては、文系大卒30代以上は一般的に利益獲得という意味での付加価値が低いことが多いので、人数を減らすという方法にマッチしており、残った人への影響も少なく、ターゲットになりやすい、ということを認識しましょう、ということなんでしょう。
確かに、組織内でまったく意味がないことに毎日時間を費やしているのであれば、おっしゃることはあてはまるかもしれません。作業の見直しは必要でしょう。
「ワークライフバランス」の記事でも書きましたが、「その人」の作業が仮に不要であったとして、他に配置転換するべき場所はあまりないのではないでしょうか。市場自体が縮小しているのですから。
しかし、だから「その人」が組織に不要だ、というのはあまりにも乱暴な議論だと思うのです。「その人」の仕事がなくなったのは、組織の都合かもしれませんし、「その人」が悪いわけではない場合がたくさんあります。
・・・となると、みんなで仕事をシェアし、仕事が減ったのだから一人当たり単価が減るほうが、「その人」は気の毒ではないです。「その人」にも生活があります。
ただそうなると、他で稼げる有能な人はいなくなり、そうでない人ばかりが残るかも・・・・・
単価下げ、は、一時期我慢してみんなで乗り切ろうという時には有効かもしれませんが、恒常的な不況の時代には有効でないかもしれません・・・・
難しいです。
結局、組織への貢献度(将来得られると見込まれる期待値も含む)が低い順に、損益分岐点に達するまで、人数を減らす、ということが、組織としては合理的な判断になるのでしょうか・・・・
でもそれってどうやって測るのでしょう?また、測るときまでに、教育機会が均等に与えられる仕組はあるのでしょうか。
そうなってくると、みんなが「私にこんな成長しない(成果の出ない)仕事をさせないで下さい」とか言い出すかも・・・
いい仕事にありつけるかどうか、貢献度が高いと思われるかどうかも、日頃の仕事ぶり・コミュニケーション・運などによるということか・・・・
文系20代は、数年後には必ず文系30代になるのです。
そんなにたくさん30代以上がいらない低成長の世の中は、いずれにしても、希望がもてる世の中ではないですね。
と、嘆いていても仕方がないので、「万が一」の時のためにサバイバル方法を考えておく。そういうのが「発想法」だと思うのですが。
例えば、「週末起業」とか?